奇跡の木

・著者からのメッセージ　　木田　拓雄
　2011 年3 月11 日の「東日本大震災」は、東北各地に壊滅的被害を与えました。「奇跡の木」の舞台である、岩手県の陸前高田も例外ではありません。この作品は、陸前高田の長い弓状の海岸線に広がる高田松原に押し寄せた大津波が、1 本の木を残し、松林を壊滅させたことに着想を得て作られました。7 万本のうち残されたただ1 本の木。人々はその松を「奇跡の木」と呼び、震災からの復興の希望をそこに託しました。
　この作品を書くにあたり、私は日本の民話と、ロシア映画を重ね合わせる手法をとりました。日本の民話は「遠野物語」であり、映画はタルコフスキー監督の「サクリファイス」です。｢遠野物語」を選んだのは、明治三陸沖大津波をベースにした「魂の行方」という幽霊譚に、死からの蘇りという「日本的な奇跡」の原型を求めたからです。一方の「サクリファイス（犠牲）」の選択に心が動いたのは、もう少し複雑な事情によります。この映画には、タイトルの示すとおり、人間が「犠牲」を払うことによって奇跡は生まれるというテーマがあります。また、映画の主要なモチーフとして、核戦争への恐怖があります。言うまでもなく「東日本大震災」を　他のいかなる災害とも隔てているのは、福島の原発事故です。この事故が加わることによって、震災と大津波による被害は、空間も時間も拡大し、日本という局地を超え、地球規模の災害となり、復興に要する時間も、限られた未来ではなく、人類の生存と同義の永遠へと引き伸ばされる結果となったのです。
　2011 年の3 月11 日の災害を書きながら、私の思いは、しばしば2001 年9 月11 日に引き戻されていきました。この2 つの出来事には、日付の類縁性以外にいくつかの共通する符丁があります。1 つは、9・11 でも多くの奇跡が語られたことです。もう1 つは、アメリカが同時多発テロへの報復として上げたのが、イラクの核疑惑であったことです。もう一つ重要な同質性は、これらの出来事の前と後では、2 度と同じ文脈で物事を語りえなくなったことでしょう。私が「サクリファイス」を物語の背景に用いたのも、この終末的な雰囲気と無縁ではありません。そしてそれはそのまま、「フクシマ以降」の時代の気分として「奇跡の木」に受け継がれています。
　9・11 と3・11 を経験した私たちは、原子力発電か核兵器かに関わりなく、核といかに向き合うのかを問うことなしに、未来を生きることができなくなっています。「奇跡の木」が単純なストーリーでなく、犠牲・奇跡・死者の生還というテーマにそって語られたのは、核が生存の一部に組み込まれた未来からの問いかけに、可能な限り答えたいと思ったからです。

更新履歴
テキストのアプリ内課金を廃止しました。